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蛇韻律

李氏朝鮮 井戸高杯 16世紀

新潟の旧家から出てきた小ぶりな高杯。微かに枇杷色を呈し、魚子貫入が全体を被っていることから、朝鮮半島で焼かれたいわゆる井戸であると思われる。戦後、北朝鮮の船が陶磁器を売りに新潟に密航していた折、購入したと伝え聞いている。

かつて茶人に珍重された井戸茶碗は、後の民藝運動で「貧しい農民の雑器」であると唱えられた。しかし同時代の粉青沙器に比して出土数が極端に少なく、生活雑器として使用された痕跡が残っていないことから異論も多く、中でも祭器であったという説が根強い。
どういうわけか日本に伝世している井戸は概ね雑器然とした茶碗ばかりだが、この高杯は明らかに祭器の姿をしており、井戸が祭器であるという言説を裏付ける物証となり得るだろう。

近年の発掘調査で、井戸の産地は現在の鎮海区鎮東面熊川頭洞里であったことが判明している。李氏朝鮮時代には熊川と呼ばれ、15世紀初頭から16世紀の中頃まで倭館が設置されていたことから、日本人の往来が盛んだった場所である。それは朝鮮において儒教祭祀が広まった時期や、日本で侘び茶が成立した時期と重なる。ともするとその窯は、双方の需要に応え、国内向けに祭器を、日本向けに茶陶を焼いていたのではないだろうか。

然すれば井戸が貧しい雑器であるというのは、民藝派による自説補強の空言であろう。茶の湯に吸収されることのなかったもう一つの井戸。それは時代の要求を正確に捉えた祈りの道具だったのである。

高台に欠けが二箇所あるが、それ以外に特筆すべき瑕疵はない。三段ほどの轆轤目や豪快な目跡など、高台を除くと井戸茶碗とほぼ同じ作行である。

W11cm × H4.5cm
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