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蛇韻律

李氏朝鮮 会寧片耳鉢 16〜18世紀

北鮮は咸鏡北道の会寧で焼かれた片耳鉢。滴り落ちるような海鼠釉に、日本の唐津焼やその他民藝陶に多用された藁灰釉掛けの源流を見出すことができる。

咸鏡北道はかつて高句麗に属していた。高句麗滅亡後、まず高句麗の後孫が建国した渤海(698-926)に、次いで女真族の王朝である金に属した。北宋に侵攻した金朝は鈞窯のある中国河南省禹県地方を支配していたが、その勢力が衰え始めると、鈞窯の陶工たちを金の本拠地のある満州黒龍江省に強制移住させる。そして12世紀、その陶工たちが金朝御用の器を作るために選んだ場所の一つが咸鏡北道会寧であった。

この鉢は王朝崩壊後、生活雑器の焼成に移行した会寧で焼かれたもので、持ち手の役割を果たす特徴的な片耳を有している。このタイプの鉢は主に薬草を煎じることに用いられたため底部が炭化している場合が多いが、こちらは何度も火にかけられたような形跡はない。

見込みの端に溜まった釉薬は、会寧の窯構造に起因するものだろう。青みを帯びた美しい窯変を見せており、まるで中国鈞窯から会寧を経て、日本の民藝陶へと流れ込んだ陶工たちの魂の濁流が、銀河となって器面に現れているかのようである。

一部窯傷や、滴った釉薬が剥がれている箇所があるが、それ以外に瑕疵はなく完品に近い。

W18cm×H9cm
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